線維筋痛症について
血液検査や各種画像検査で特別な異常がないにも関わらず、慢性的な体の痛みが続いてしまう「線維筋痛症」という病気があります。線維筋痛症は、慢性的な身体的精神的苦痛(簡単に言えばストレス)の経験により、痛覚の変調を来した状態です。通常は痛みと感じないような弱い刺激でも激しい痛みと感じてしまい、症状が強いと寝たきりになる人もいます。関節リウマチよりも頻度の高い疾患であるにも関わらずまだまだ認知度が低く、医療機関を受診しても「問題ない」と言われたり、「精神的なもの」と言われ心療内科の受診を勧められることも珍しくありません。そうして色々な医療機関を転々としているうちに症状が悪化し、休職を余儀なくされたり治療に長い年月を要する患者さんを多く診てきました。そのような方々を診てきて感じることは、線維筋痛症は早期発見早期治療、更には予防が大事ということです。現代にはストレスを抱えながらもうまく対処できずに、頑張りすぎる方がとても多いように思います。頑張り屋で真面目な、職場では優秀で頼られる存在の人ほど、線維筋痛症に注意が必要です。日頃からストレスをうまく発散できるように心がけ、もし線維筋痛症を疑うような慢性疼痛症状が出てしまった時は、こじれる前に、なるべく早く線維筋痛症の治療ができる医療機関を受診することが重要です。
当院では、薬物治療とレーザー治療、マッサージ療法を組み合わせた治療を行っています。また、線維筋痛症は病気との向き合い方が非常に重要な疾患であると捉えていますので、後述の心理学的視点を取り入れた診療を行っています。そもそもの原因がストレスなのですから、症状を薬で押さえつけても根本的な解決にはならないというのが当院の考え方です。
線維筋痛症とは
線維筋痛症診療ガイドラインでは以下のように説明されています。
「身体の広範な部位の筋骨格系における慢性の疼痛とこわばりを主症状とし、解剖学的に明確な部位に圧痛を認める以外、他覚的ならびに一般臨床検査所見に異常がなく、治療抵抗性であり、疲労感、睡眠障害や抑うつ気分などの多彩な身体および精神・神経症状を伴い、中年以降の女性に好発する原因不明のリウマチ性疾患である。」国際疼痛学会により、痛みは侵害受容性疼痛(組織が傷害されることによる痛み、けがやリウマチなど炎症性の痛み)、神経障害性疼痛(神経が傷つくことによる痛み、帯状疱疹後神経痛など)、痛覚変調性疼痛(上記2つで説明できない、痛覚を制御する脳や神経系の仕組みの変化によって生じる痛み、ストレスと関連)の3つに分類されており、線維筋痛症の痛みは痛覚変調性疼痛に分類されます。痛みの経験(身体的精神的苦痛)を繰り返すことによって、痛みと関連する神経回路が変化し、実際には痛みを引き起こすほどの刺激がないにも関わらず痛みを感じる状態になります。
疫学
本邦の20歳以上の有病率は2.1%で、欧米とほぼ同様です。関節リウマチの有病率は人口比0.6~1.0%であり、線維筋痛症はリウマチよりも頻度の高い疾患ですが認知度は低く、周囲からの理解を得づらいという現状も、線維筋痛症の痛みを増強させる要素となっています。
男女比は1:4.8と女性に多く、年齢は55~65歳にピークを認めます。更年期女性に多いことから、線維筋痛症と診断された人の中には更年期障害が含まれる可能性があります。
症状
中心症状は全身の広範な部位の慢性疼痛です。びまん性のこわばりをしばしば伴い、朝に症状が強いという特徴があります。慢性痛であっても日差・日内変動があり、過度の負荷やその逆に不活動、睡眠不足、ストレス、天候などの外的要因によって悪化することが多いです。全身の疼痛以外にも、疲労・倦怠感、微熱、各種自律神経失調症状、頭痛、四肢の感覚障害、ふるえ、乾燥症状、睡眠障害、抑うつ、不安感、焦燥感、集中力低下、物忘れなど、多彩な症状を併発します。更年期に好発し症状も更年期障害と類似していますが、ホルモン補充療法などの更年期治療は効果が乏しく、更年期障害よりも全体的に症状が強い傾向があります。
病因・病態
今のところ線維筋痛症の病因・病態は不明ですが、これまで様々な検討が行われ、それに基づく様々な仮説が提唱されています。
- 身体的ストレス(外傷、出産、各種ワクチン、変形性関節症、リウマチ膠原病疾患、片頭痛など)
- 心理的ストレス
- 遺伝的要因
- その他(炎症、免疫異常、アルコール、肥満、栄養状態、低ビタミン血症など)
診断
米国リウマチ学会の基準を参考に診断します。すなわち、全身的な疼痛が3ヶ月以上続くことに加えて、図に示した18ヶ所のうち11ヶ所以上に圧痛があること、疼痛以外の特徴的な症状があることを参考に診断します。ただし圧痛点は必須ではなく、11ヶ所に満たなくても総合的に診断します。
治療の考え方
前述したように、線維筋痛症は早期発見早期治療が大切です。早い段階ならば薬物治療への反応も良いことが多いです。多くの医療機関で線維筋痛症の診療が十分に行われない理由の一つは、症状がこじれた状態で受診するため、その状態では薬物治療にほとんど反応しないことが挙げられます。治療の原則は、早い段階でしっかりと薬物治療を行い、同時にストレスを軽減する思考法を身に着けていくことです。痛みが続くと、「何か重大な病気なのではないか」と医療機関を次々と受診する人がいますが、線維筋痛症の場合その時間はロスであり、早く治療を始めた方が得策です。治療の第一歩は、患者・家族が線維筋痛症を認識、受け入れることであり、目指すゴールは「痛みをうまくコントロールしながら日常生活を送れるようになること」です。痛みと戦い完全勝利を目指すことは症状を悪化させる要因となりますので避けた方が良いでしょう。線維筋痛症の悪化要因として、喫煙、肥満、心身の強いストレスが挙げられています。改善要因としては、有酸素運動、徐呼吸、瞑想、温熱療法、寒冷療法、森林浴、音楽療法、適量のアルコールが挙げられています。つまり、身体が心地よいと感じる=リラックスできる状況を作り出すことは症状緩和につながります。何をすると痛みが和らぐかは人それぞれですので、自分を満たす行動を一つ一つ試していくことが、結局は線維筋痛症克服への一番の近道です。
薬物治療
神経障害性疼痛に用いられるプレガバリン(リリカ)が欧米を含め本邦でも第一選択薬です。プレガバリンは中枢神経系において神経伝達物質遊離を抑制し、さらに下行性疼痛抑制系に作用するとされています。有害事象として体重増加、浮腫、ふらつき、めまい、眠気などが問題となることがあります。抗うつ薬であるデュロキセチン(サインバルタ)も保険適応であり、下行性疼痛抑制系の賦活作用により線維筋痛症の疼痛を軽減させる作用が認められています。いずれも通常量をしっかりと内服できることが症状緩和の鍵となりますが、上記のような副作用により内服を継続できない人が多いのも治療が難渋する要因となっています。非麻薬性オピオイドであるトラマドール、あるいはトラマドールとアセトアミノフェンの配合錠(トラムセット)も線維筋痛症の治療に使用されています。
選択理論心理学的視点から診た線維筋痛症
アメリカの精神科医ウィリアム・グラッサー博士は、薬物治療が中心で不幸の原因となっている事柄を取り除こうとしない精神科治療のあり方に疑問を抱き、薬を使わないカウンセリング手法である「リアリティセラピー」を体系化しました。その基盤となるのが同じくグラッサー博士が提唱した選択理論心理学です。その根本的な考え方は、「すべての行動は自らの選択である。ゆえに自分の行動は自分でコントロールすることができる。」ということです。選択理論は世界62カ国以上で学ばれ、カウンセリングの世界だけでなく、学校、職場、夫婦、家庭など、多くの場面で応用されています。米国カリフォルニア州では、CIWという女性刑務所で通常の再犯率が67%のところ、選択理論を学んで出所した人の再犯率が2.9%を記録するなど、大きな成果を収めています。
選択理論では、「自分の外側のことはすべて自分がコントロールできることではない」と考えます。天気をコントロールできないのと同じぐらい、他人や過去をコントロールすることはできません。しかし、他人や過去に対する自分の解釈を変えることはできます。大事なことは、人生において、コントロールできることとできないことを分け、コントロールできることに集中して行動を選択していくことです。そうすることで、周りや環境に流されることなく、人生は自分のコントロール下にある、という感覚を持って生きていくことができるようになります。長年選択していた思考の癖を変えるには時間がかかりますが、焦らず、まずは自分の思考の癖を認識してください。自分ではコントロールできない他人や過去を一生懸命コントロールしようとしていないか、自分の行動に集中して生きているか、よく考えてください。
選択理論では、人間の行動を4つに分けて説明します。すなわち、①思考、②行為、③感情、④生理反応です。そのうち、①思考と②行為は直接自分でコントロールすることができますが、③感情と④生理反応は直接自分でコントロールすることが難しく、直接コントロールできる①思考と②行為をコントロールすることによって間接的にコントロールすることができると考えます。例えば、「きりんを思い浮かべてください」「手を挙げてください」といった指示には簡単に従うことができると思います。これは、①思考と②行為が自分で直接コントロールできることを示しています。一方、「怒ってください」「汗をかいてください」といった指示に対してはどうでしょうか。おそらく直接コントロールするのは難しいので、例えば最近あった理不尽な出来事を思い浮かべて(思考)怒りの感情を奮い起こす、全速力で走る(行為)ことで汗をかく、など①思考と②行為をコントロールすることで間接的にコントロールすることになります。
線維筋痛症の痛みは①~④のうち④生理反応に該当します。生理反応である痛みを軽減したければ、それを直接コントロールすることはできないので、①思考や②行為をコントロールすることで間接的に痛みをコントロールすることになります。日々の生活の中で痛みには変動があるはずです。痛みが強い時を思い浮かべるのではなく、痛みが和らぐ時を思い浮かべてください。その時に、自分はどういう思考であったか、どういう行為を行っていたかを思い出し、なるべくそういう時間を多く作るように心がけてください。痛みが和らぐ思考や行為は一つではないはずですし、同じ行動をとっても必ずうまくいくとは限りませんが、試行錯誤を繰り返しながら、思考や行為によって生理反応である痛みをコントロールするという意識を常に持ってください。
線維筋痛症の痛みは、ストレスと大きな関係があります。ストレスというのは、自分の理想と現実のギャップによって生まれます。「自分はもっとできるはずなのに痛みがあって動けない」という状態がストレスとなり、更に痛みを助長しているケースはよく見られます。痛みの悪循環に陥っていますので、まずはお薬でできる限り痛みを抑え、痛みがある状態でも自分の思考や行為をコントロールすることによって痛みを軽減できる状態を目指します。重要なことは、痛みがあるからと言って落ち込んだり、ネガティブな感情に陥らないよう心がけることです。時には「まあしょうがない。休もう。」と割り切ることも重要です。
ストレスの原因は人それぞれですが、人間関係の悩みが大きなストレスとなり、線維筋痛症の発端となっている人は多いです。他人は変えられない、同様に他人も自分を変えられない、ということを忘れずに、コントロールできる自分の行為と思考に集中して人と関わってみてください。自分にとって大切な人との人間関係がうまくいかないという場合は、相手を変えようとするのではなく、自分の行動を変えてみてください。今選択している行為は相手との距離を縮める行為か、遠ざける行為か、よく考えて行動してください。他人があなたを一生懸命変えようとすることがストレスとなっている場合は、交渉できる相手なら交渉し、無理な相手なら物理的に遠ざかることを検討してください。根本原因であるストレスに対処しないまま、薬だけで線維筋痛症を克服することはできないと考えています。
人間には生まれつき5つの基本的欲求が備わっています。それは、生存の欲求、愛・所属の欲求、力の欲求、自由の欲求、楽しみの欲求です。その5つがバランスよく満たされている状態を「幸せ」といいます。自分にとって理想の状態というのはこの5つの欲求のすべてもしくは一部が満たされる状態を思い浮かべているはずです。痛みがある状態では満たすことが難しい欲求もあると思いますが、「今の状態でも」「自分の思考や行為をコントロールすること」で、満たせる欲求を少しずつ満たすようにしてください。そうすることで理想と現実のギャップを少しずつ埋めていき、ストレスを少なくし、生理反応である痛みを軽減することを目指します。
選択理論には、「創造性」という概念があります。理想と現実のギャップからフラストレーションを感じた時に、人は行動をとります。その行動が、理想の状態を手に入れるために効果的であるならば、人はその行動を繰り返します。しかし、効果的でなく、いくらその行動をくり返しても理想の状態が手に入らない時、人は「創造性」を発揮し、今までとったことのない行動をとります。選択理論的に言えば、線維筋痛症の痛みは、どんな行動をとっても理想の状態を手に入れられなかった結果、創造性によって作り出したもの、ということになります。違う言い方をすれば、線維筋痛症の痛みは、理想の状態を手に入れるために自らが選択したもの、と言えます。自ら選択したものならば、もっと効果的な他の行動を選択することによって痛みを手放すことができると考えます。線維筋痛症は自分でコントロールできない精神病ではありません。痛みを手放すには、自分が求める理想の状態を手に入れるためにもっと効果的な方法を繰り返し試していく必要があります。時間はかかりますが方向性を間違えなければ線維筋痛症を克服することは可能と考えています。
最後に
世の中には、「他人を変えることができる」という考え方(=外的コントロール心理学)が蔓延しています。線維筋痛症になる人の中には、周りから強力な外的コントロールを受け続けた結果、そこから逃れるために痛みを選択した人がいます。外的コントロール心理学の真逆に位置するのが選択理論心理学です。他人をコントロールすることはできません。すなわち自分以外のだれも自分をコントロールすることはできません。他人がどれだけ一生懸命あなたをコントロールしようと頑張ったとしても、あなたをコントロールすることはできないのです。あなたの行動はあなたが選択するものだからです。痛みを手放すのも、手放さないのも、あなたが選択することができます。だから線維筋痛症を克服することができるのです。
このような考え方のもと、当外来では線維筋痛症の治療を行っていきます。薬の力も借りますが、薬物治療だけでは根本的な治療にはなりません。痛みと戦うのではなく、痛みをコントロールしながら充実した日々を送れるよう、一緒に取り組んでいきましょう。